Archive for the ‘重機’ Category

h1

凹み修復中

9月 29, 2009

今回はなかなか浮上しないので、
最近のどうでもいいネタでも書いてみる。

衝撃映像「いま東京湾ですごいことが起こっている」。
人によってはヒジョーに衝撃的。
胸が震える。手も震える。
それ以外の人にとっては、かなりどーでもいい。

秋の花粉に鼻の粘膜がやられてしまったらしく、毎日1回鼻血が出る。
だいたい夕方なんだけど、出始めると2時間ぐらいとまらない。
鼻血で失血死はないと思うけど、いい加減貧血でフラフラする。

エクセルで家計簿をつけている。
で、先月が10万以上の赤字と出て血の気が引いた。
ただでさえ貧血なのに。
そんなに何を買ったのかぜんぜん覚えていない。
数日間悩んだ結果・・・エクセルの式がいつの間にか壊れてたのを発見。
ホントの赤字は3万くらいでした。 ←コラ

夫婦別姓は、若い頃は賛成派だったけど今はどうでもいい。
名前は大切だけど、苗字なんて所詮「父方」のモノだし。
サトウでもイトウでもカトウでも、好きに呼んでくれ。
でも苗字と名前の語呂は良くないとね。
あと、変えるとき銀行とかめっちゃ面倒!ってのはある。

あちこちでポイント貯めてる。
「100ポイント!」は嬉しいけど、「イコール100円!」って換算するとテンション下がる。
チリも積もればだけどね。

息子の友達のお母さんお父さんたちは、幸いにも真っ当な人たちなのでモンペに接近遭遇したことが無い。
みんな性格は違えどそれぞれ一生懸命こどもと向き合っている。
だからネットやテレビでオカシイ親を見るとびっくりしてしまう。
どうやったらあんな大人ができあがるんだろう。

自分はまだ、きちんと自分の足で立って生きていない。
でも普段は、そのことを頭の隅に追いやって、ひたすら駆けている。
それは沼地の上を忍者走りしてるようなものだ。
走って走って、ちょっとつまずいて足が止まってしまったとき、
ズブズブと沈み始める。
必死で足は抜いたけど、いったん泥を吸った足ではもう前のように速くは走れない。

もうしばらく、スローペース。

h1

天狗の鼻

9月 7, 2009

私のことも持ち上げて欲しい。

凹んでいる。

自信満々で生きているように見えるらしいのだが、
そして実際かなり好き勝手に生きているのだが、
その割には小さなキッカケで凹む。

凹みだすとその淵は深くて、キッカケは小さかったはずなのに
なかなか這い上がれない。

夜中に部屋の中をグルグル歩き回っては、
頭の中もグルグルになって出てこられない。

昨日まで世界は自分を中心に回っていたのに
今日は私の周りを巡り過ぎていく世界の渦に飲まれている。

こんなときは、何をやっても裏目に出るんだ。
分かっているのに何かせずには居られない。

自分の至らなさが我慢ならない。
私は私が好きだけど、この子、そう大した人間じゃないんだよ。
そのことが酷くこたえる。
自分ひとりで生きているような気になって、
天狗になってるから足元をすくわれるんだと思う。

折れて低くなった鼻ならば、出口を嗅ぎ当てられるだろうか・

h1

大人になれない

8月 22, 2009

キリンが2頭。
キリンの造形物としてのバランスは、完璧だと思う。

小さい頃は本を読むのが好きだった。
今はほとんど読まない。
大人相手の小説やエッセイは、どうにも主張が強すぎる。
疲れてしまう。ムカつくことさえある。

内容も、恋愛とか友情とかは苦手。
現実で十分なのだから、わざわざ読む必要はない。
造られた人間関係は所詮まがいもの。

だから読むとしたら、「事実を書いたもの」か「突き抜けて現実離れしたもの」になり、どちらかというと日々の憂さ晴らしのために後者を選ぶことになる。

そして最近は、子どもの頃読んだ本に帰ることが多い。

その本を読んだ頃、私の未来はまだ白紙であった。
本を読むごとに、日常をその世界に染め替えることができた。
理想は健在で、欲はまだ育っていなかった。
子どもには子どもなりの悩みや痛みがあったけれど、未来があるということは何にも勝るクスリだった。

今更このような本に心惹かれてしまうのは、自分の未来に不安を感じているからだろう。
金がないとか、キャリアがないとか、そういう現実的な不安もあるが、何より「未来が目減りしている」ことが不安なのだろう。

いつかアレをしてみたい。

アレの候補はちっとも減らないのに、「いつか」の可能性は着実に減っている。年をとるとは、こういうことなのだな。
そう考えていることそのものがもう、年寄りじみている。

子どもの本を読んでも未来が増えるわけではないが、その世界にいつまでも未練があるとは、私は大人になれていないのだな、と思う。
それとも、大人になって「知りすぎてしまった」のかな。

ジブリの「おもひでポロポロ」をはじめて見た時、センチメンタルな主人公が好きになれなかった。
今でも好きではないけれど、共感はできる気がする。

息子に読み聞かせる本を探しに図書館へ行く。
そこには小学生の私がウロウロしている。
そんな感覚が、確かにある。
大人になりきれない自分が、子どもの自分と交差している。

さて、私の一番好きな本は今も昔も変わらず
ジュール・ヴェルヌの「神秘の島」。
知恵、勇気、思いやり・・・良い部分だけ集めればこれだけの可能性が人間にはあるんだよ、というお話。
主人公たちは、能力的にも人格的にもパーフェクト。
現実ではありえない。
そう、現実離れしているから安心して読める。
サイラス・スミスとお付き合いしたいとは思わず、彼のような大人になりたいと思っていた。なんと大それた望みだったことか。

「神秘の島」は息子にはまだ難しいので、今は「ドリトル先生アフリカゆき」を読んでいる。
ジョン・ドリトルは偉大な医者かもしれないけど、女性には人気ないだろうね。家事も育児も手伝わず、趣味に全財産つぎこんじゃうから。

h1

トランスフォーマー/リベンジ

6月 21, 2009

新宿でだってやってるのに、わざわざ平和島まで吹替版を見に行ってきましたよ。
ややネタバレです。↓

主題歌は再びリンキンで。
Linkin Park – “New Divide”

私はたっぷり楽しませていただきましたが、アニメを知らない人にはお勧めしません。
なんだか前作よりさらに原作アニメに雰囲気が近づいている気が…普通の人にはついていけないと思います。

・前フリらしきものは、後に続かないことが多い。
・キャラもエピソードもバンバン出てくるけど、出しっぱなし。回収なし。
・つじつま合わなくてもコンボイ司令官が納得してるならいいんだよ~。
・お前ら絶対に正義の味方じゃないだろってな大破壊。セリフもやけに物騒。
・誰に感情移入していいか分からない。
・リアルには無理のありすぎる展開。
・都合により不死身だったり弱かったり。
・ラスボスがあっけない。

映画としては致命的に思える上記のような点も、初代アニメに慣れてると逆に当たり前。

はっきり言って、前作で初めて司令官のトランスフォームを見たときのような興奮はないです。
慣れもあるし、今作はロボの数が多すぎて有り難味がさらに薄れてしまいました。
その代わり、
・スタースクリームがメガトロン様に足蹴にされてたよ!やっと!
・双子漫才!
・フル装備の金属生命体なのに相変わらず肉弾戦!ガツンガツン!
・司令官ボロボロ!やっぱり高いところからよく落ちる!
・馬鹿な子ほどカワイイ!だから皆カワイイ!

誰だか分からないキャラが、どうなったか分からないままお話が終わるよ。でも問題ない。
まるでTVシリーズを5話連続で観たような2時間半でした。
ここまでTFワールド全開なら、サムの物語は完全に添え物にしちゃってもいいんだけどなぁ。ラブ要らないよ。

もちっとサムとバンブルの友情を掘り下げるか、オプティマスと仲間たちの絆を描くか、メガトロン様とスタースクリームが権力争い繰り広げるか、どれかでいって欲しかった。
アーシーたちのガールズトークなんかも聞きたかったね。サウンドウェーブとスタースクリームの小競り合いとか。
ビルドロン出すならオメガスプリームも!彼らの過去話は切なくて好きだ。

ただ、こういった「足りない」部分も脳内補完できちゃうんですよね、予備知識があるから。
逆に言えば、予備知識の無い人が映画単体で楽しむのは苦しいかと。

あぁ…映画じゃなくて、TVシリーズ全部を実写で観たいなぁ。
欲を言えばきりがない。
何はともあれ、ロボアニメがこのクオリティで実写化されるとは、いい時代に生まれたもんです。

実のところ一番不満なのは老ジェットファイア…いや、枯れた魅力も素敵だけれども、彼自身は好きだけれども、元のスカイファイアが大好きだからちょっと悲しかったです。
あれじゃまるでアルファートリン様だよ。そうだよ、アルファートリン様でいいじゃん。何故にスカイファイア…。

シモンズさんは名誉回復って感じで良かったなぁ。
ああいう生き方って嫌いじゃない。まぁ生き辛いとは思う。

3作目の予想としては、ユニクロンが出てきて一時的にオートボットとディセプティコンと米軍が共闘。最後はメガトロン様が闇討ちしようとして返り討ち。どうかな?

ところで前作でも思ったのだけど、マイケル・べイは米軍を宣伝したいのかコケにしたいのかどっちなんだろう???

ジェットファイアーオプティマスプライムを買うと、合体させられるらしいよ。
息子がコレを狙っているみたいなんだけど、すでにウチにはオプティマスが2・3匹いるんですが・・・

h1

同志

4月 5, 2009

緑好きとしては、コレは・・・vvv

週に1回の水泳教室の日:
仕事帰りにその足でプールに迎えに行く。
一緒に通っている同級生の男の子も、合わせてピックアップする。
自宅方面のバスが少ないため、ロビーで2人に宿題をやらせる。
ウルサイ小僧どもを御しながら、バスに揺られて帰る。
あー、疲れた。明日も仕事かぁ。

↑ プールに一緒に通っている男の子のお母さんの場合:
フルタイム勤務の後、まず下の子を保育園に迎えに行く。
自転車を飛ばしてバス停に上の子を迎えに来る。
私たちと別れた後、2人の子供を連れて買い物。
あー、疲れた。明日も仕事かぁ。

別のお母さんの場合:
2人の娘がピアノ教室に通っている。
仕事帰りにまず上の子を学童に迎えに行って、自転車でピアノ教室に送っていく。
レッスンの間に下の子を保育園に迎えに行って、またピアノ教室に送っていく。
姉妹が入れ替わって下の子のレッスンが始まる。
その間に上の子を自転車に乗せて買い物。
最後に2人の娘を自転車の前後に乗せ、買い物の袋をぶら下げて帰宅。
あー、疲れた。明日も仕事かぁ。

みんな、帰れば夕飯の支度が待っている。
それから洗濯、風呂掃除、
子供たちの学校の様子を聞いたり、提出物を準備したり、勉強をみてあげたり、
風呂に入れて寝かせるまで、分刻みで動き続ける。

だけど
大変だよね~って愚痴をこぼし合いながら、嫌々やってる感じの人はいない。
子供のために!って、妙に気負っている人もいない。

これが母親の務めだもの。面倒だけど仕方ないよね。子供たちも楽しんでるし。

そんな感じのお母さんたちが道端で顔を合わせれば、なんとなく同志のような気がして。
元気をもらえる。
そう思ってるのは私だけ?お互い様だったら嬉しいんだけど。

数は少ないけど、同志の中にはお父さんたちもいます。
貴重な休日、平日の時間の隙間、お母さんたちと同じく走り回ってるお父さんたち。

母親にしろ、父親にしろ、子育ての苦労を笑顔に変えている同志たちの共通点はなんだろう。

まずは自分の子供が可愛くて可愛くてしょうがないこと。
それから、「子供のため」と「自分のため」を同一化することにかなり成功していること。かな。

子供と一緒に楽しむ。
子供のために自分を抑えるのではなく。
自分の好みを子供に押し付けるのではなく。

まぁ我が家の場合、私の我侭で押し切ってるだけなのだが。
早い時期から洗脳したおかげで今のところ趣味の共有はイイ感じ。
息子のことを一番に考えているけど、自分のケアもさせてもらってる。
そうゆうことの結果として、育児の閉塞感から逃れられている。
結果オーライ。

h1

バランス

2月 22, 2009

月を掴め

入学した頃は、学童の先生に「前に出すぎ」と評されていた息子。
今年の1年生は自己主張の強い子が多いらしく、保育園のころから「俺が!俺が!」状態だったので、息子も負けじと出張っていた。

それが先日、「最近ひくことを覚えましたねー」と褒められた(?)。
逆に、引かなくていい所でも引いてしまったり、口で絶対かなわない相手に対しては最初から諦めてしまったり、「引きすぎ」なこともあるくらいだという。

まぁ、押すことと引くことができるようになったんだから、あとはバランスだよね。
相手を見て判断するのも、悪いことじゃないと思う。
自分にとっての譲れないポイント、妥協できるポイントがはっきりしてくれば、もうちょっと上手に調節できるようになるんじゃないかな。

ところで、前述の「口で絶対かなわない相手」というのは女の子なんだが、クラス最強の子。
その彼女からバレンタインにチョコをもらった。
もらったのは息子だけじゃないけど、もらわなかった子もいるらしい。
それは・・・「舎弟になれ」ってことですかね・・・食べちゃたけど、大丈夫かな。

h1

ガイドライン

10月 26, 2008

おしりフリフリ。

近所の工事現場では、毎日ショベル君たちが解体作業にいそしんでいます。
壊して。壊して。壊して。

削り取られていく建物の中から、年月がこぼれ出している気がします。
詰め込まれていた悲喜こもごもが、重いガスのように、すぐには拡散せずに漂っているような。

ゲームやらネットやら携帯やら、子供がいると頭を悩ませることが多い。

ウチは小さい頃、マンガ買ってもらえなかったですよ。
TVも、ニュースと巨人戦と映画しか観せてもらえなかったですよ。
ゲームも買ってもらえなかったですよ。

で、結果どうだったかというと、親の規制は間違いではなかったと思う。
大正解でもなかったけど。

・TVはそんなに中毒ってほどでもない。最近の番組はつまらないし。
・ゲームは…どうもドンくさくて下手糞だったんで、ゲーマーにはならなかった。
・アニメとマンガはすっかり中毒な大人になりました。妹も。
でも中毒って言っても、一般成人の意志力でコントロールできる範囲だから、それは別に問題ない。
それよりも当時、友達の家に遊びに行くたびにマンガを借りて読みふけっていたのは大問題だったと思う。
相手そっちのけでマンガ読んでんだから、向こうからしたらウザかったろうに。
何しに来てんだお前?ってな。失礼だったなー。

そんなことを色々と考えていたら、イマドキ全面禁止は芸がないという結論に。
禁止したせいで極端にハマることもあるし、そうでないこともある。
要は自制できるかどうかなんだけど、私が子供の頃に比べて、世界はあまりにも変わってしまった。
子供が自力でコントロール技術を身につけるのが、難しくなってしまった。
禁止するだけでは、必ず失敗する。

少し前、我が家の息子は例の「ウザい奴」になりかけていた。
友達の家に行ったら「ゲームやらせてー」、児童館ではプレイ中の子の横に張り付いてじーーーーっと覗き込んでる。
その状況から、ゲームに関しては適度にやらせた方がいいと思えたので、DSを買った。
土日のみ。基本的に友達と通信で遊び、独り遊びはナシ。

おかげで(?)前より頻繁に児童館へ遊びに行くようになったし、ゲーム師匠の上級生が仲良くしてくれて、私は楽だ。
DS漬けってわけでもなく、他の遊びもしているようなので、しばらくはこれで行こうと思う。

TVとアニメとネットに関しては、我が家は結構ハードルが低い。
これは私がやるからってのが一番の理由なんだけど(汗)。
後付の理由としては、「ネットは経験がないほうが危ないから」ってのがある。
エロとかグロとか犯罪とか、普通に転がってるけど、慣れてないほど踏みやすい。
子供のうちは、自然の成り行き的に親の監視下でコンテンツを選んで利用させ、ネット環境に慣れさせた方がいいと思う。

TVもアニメもネットと一体化しつつあるから同様だ。
巷には大量の作品が出回っているから、良作(←私基準)で洗脳しておいて、自分で選ぶようになっても自然とその系統に目が行くようになるといいなーなんて思ってる。
親の誘導が効く今のうちが大事なのかもしれない。

親に隠れてエロサイトは覗くけど、一線は越えない。しかも実は、親はお見通し。
↑これが理想。

ここまでは、なんとなく目指す方向が見えてきたのけれど、実は携帯が一番モンダイなのではないかと思っている。
親の監視下から離れやすいから。それに、交友関係が絡んでくるから対応が複雑。
携帯でのネット接続は、PCと同じルールを叩き込めば対処できるかもしれないが、メール依存はまた別問題だ。
「携帯がなければつながっていられない友達なんて友達じゃない」ってコトには、ぜひ自分で気づいて欲しいのだが。

今から頭がイタイ。