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かくかくしかじか

10月 17, 2009

このビルの、この角度が好き。
角ばり具合がとてもよい。
それと、窓の凹みの影がよい。

論理的な人間ではないので、普段は「なんとなく」とか「テキトー」で生きている。
ちょっとしたズレは、「まいっか」で済ませる。
10回に1回くらい、「まいっか」は「ぜんっぜん良くない」に育って帰ってくる。
その時はモチロン焦るけれども、10回に1回の不始末に全力で立ち向かえば、残りの9回は「まいっか」で済むというわけで・・・この生き方がやめられない。

小さなプラスがたくさん。大きいマイナスが少し。
どうせ最終的にプラマイがゼロならば、中くらいのプラスとマイナスを同数にしとけよとも思うが、つい目先の小さいプラスに騙される。

で、こんな非論理的な自分だけれども、凹んでしまったときには逆にその理由を突き詰めないと立ち直りのキッカケがつかめなかったりする。
「かくかくしかじか」と自分自身を説得しないと、どうしても「まいっか」で済ませようとしてしまうからだと思う。

以下、かくかくしかじか
・凹むのは、自分が自分と向き合えていないことを自覚しているから。
・自分と向き合えないのは、あちこちで生じているズレが飽和に近づいていることから目を逸らしたいから。
・目を逸らしたいのは、ちょっとやそっとじゃズレを修正できないことが分かっているから。
・ズレが修正できないのは、自分の力だけじゃいかんともしがたい問題が混ざっているから。

さて、ここで問題。
①自分の力だけじゃ解決できないと分かっていて、でもできる限りあがいてみる → やっぱりどうにもならないと再起不能
②自分の力だけじゃ解決できないと分かっているから、無駄なあがきはしない → 大きなダメージは当面うけないが、問題は解決しない

若い頃は①が多かった。
若さがあれば、意外と再起できるもんだ。
だけどもうそんなにタフじゃない。
それに、自分ひとりの生活じゃないからリスクは冒せない。
でも、②でどこまで行けるんだろう。「当面」はいつまでもつんだろう。
「当面」の後に、カンペキに育ちきった「ぜんっぜん良くない」が帰ってきたら、それこそゲームオーバーなんじゃないか。

結局ここをグルグルしてる。
でもまぁ、かくかくしかじか、多少気分は良くなった。

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