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心残り

5月 16, 2009

今にも崩れそうだなぁ。大丈夫かなぁ。
と思っていたこのビル。
ある日通りかかったら、1階に入っていた飲食店に「移転しました」の張り紙が。
取り壊しフラグ?

人生の成功とは、
自分の命が終わるその瞬間に「生まれてきて、良かったな」と思えること
だと思っている。

そのために必要なのは何だ?達成感?満足感?
よくわからないけど、何かをやり残して死んでしまっては「ダメ」なんだろうと、漠然と考えていた。

30歳を過ぎてなお、自分のやりたいことに手もつけられていない。
息子もまだ小さい。せめてこの子が成人してからでないと、死んでも死に切れない。
親も、娘が先立てば悲しむだろう。
だから、今死ぬのはイヤだ。と思っていた。

だけど、毎日誰かがどこかで突然の死を迎えている。

事故で。
事件で。
病気で。
天災で。
戦災で。
みんな、もっと生きたかっただろうに。

では寿命で儚くなれば、心残りはないのか。そうでもない。
不慮の死に比べれば、大分心構えも備えもできているだろうけど。
もう十分だよ、と思いつつ、庭に咲いたばかりの花の水遣りだとか、孫の結婚式だとか、遺していく老いたパートナーのことだとか、心配事は尽きないだろう。

世の中で、生と死だけが万人に平等に訪れる。(訪れ方は不平等だが。)
日々の生活は連続体だから、全てやり遂げて死ぬなどありえない。
まぁどちらにしろ、死に方は選べないのだな、と妙に納得。
選べるのは生き方だけ。

失敗したこと、封印してしまいたいほど恥ずかしい過去の自分、思い出しただけで息切れするハードな日々・・・すべてくるんで、今の自分が好きだ。
そして、息子が私の元に生まれてきてくれた。

心残りは多々あるけれど、今なら「生まれてきて、良かったな」と思いながら逝ける気がする。

そんな毎日を重ねて、まだまだ生きていきたい。
だってやっぱり、泣き虫なあの子を置いては逝けないから。

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2件のコメント

  1. >封印してしまいたいほど恥ずかしい過去の自分

    破産ボーン?

    >思い出しただけで息切れするハードな日々

    確かにハードだったな。

    30歳過ぎて気づく事ってたくさんあるよね。
    たぶんこれからもたくさんあるんだろうな。


  2. >つっち

    破産ボーン来たかw
    たしかにアレも恥ずかしいけど、ある意味いい思い出。
    小中とか高校のときの記憶の方が…恥ずかしすぎて消し去りたい。

    30過ぎてやっと分かってきたことが多い。
    だから今、結構おもしろいね。



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