Archive for 2008年11月

h1

そこにある闇

11月 25, 2008

ビルとしては評価しづらい・・・
お洒落なビルはストライクゾーン外なのだけど。
オブジェとしてはありだよね。
ぽこぽこプクプク。

先日、Googleトップが「マグリット生誕110周年」だったので、懐かしくなった。
中学生の時、美術の時間に模写したのは「ピレネーの城」だった。
それからしばらくハマって、部屋には長いことポスターが貼ってあったけど、そのポスターの作品名は覚えていない。
一面に雲が浮かんだ、空の絵だった。

私にとってマグリットといえば、空。空と雲。
あの雲は、写実的なように見えて、実は嘘っぱちだ。
あんな「いかにも雲」な雲、実際に見たことなんてない。
幼稚園児が描く雲みたいな形で、「わたあめみたいな」という陳腐な台詞が良く似合う雲。
透き通った美しい空、のはずなのに、何故か不安にさせる。

現実だと思い込まされているこの世界が、実は虚構に満ちているという。
これがシュルレアリスムってものなの?
芸術はよく分からないけど、彼の作品から受けた不安を今になって思い返すと、なんだかそんな気がしてくる。

その中でも特に心臓に悪かったのが、「光の帝国」。
光が明るければ明るいほど、闇は濃さを増す。
希望が強ければ強いほど、絶望も深い。
だけどその漆黒の中にこそ、本当の光明はある。

私たちが生きているこの世界は、本来は修羅の世界であるはず。
でも、あるがままの世界を直視していたらとても身が持たない。
だからみんな、「現実」という名のフレームを通して世界を見ている。
都合の悪いことは、ぼかし、フレームの外に追いやり、自分にとっての「今ここにある世界」を創り上げている。

「光の帝国」は、普段は意識の外に追いやっているフレームの存在を思い出させる。
あぁ、まずいことを思い出しちまった。
早く目を逸らさなければと思うのに、立ち去りかけては戻ってしまう。
闇は恐ろしいけれど、そこに真の光があるのなら、危険を冒してでも見てみたい・・・

フレームのコチラ側に帰ってくるか、アチラ側に踏み込んでしまうか。
それは見る人しだい。

h1

修行

11月 8, 2008

ガラス張りのビルは好きじゃない。
だって地震がきたら恐いから。
それに、どうしたって年月とともに曇ってしまうので、美しくない。
コンクリートやタイルと違って、なぜかガラスには経年劣化による渋みが出ない。

だけど、これは好きだ。
できたばかりのビル。まだ空っぽ。
もちろんガラスもピカピカ。
ガラス張りのおかげで中がよく見える。

夕暮れ、透明、ライトアップ。

もうじきここへ何やかや運び込まれて。
大して夢があるわけでもないコンテンツで埋め尽くされて。
夢のない大人たちが日常ドラマを展開する。
そうなったらもう、地震が怖いから避けて通ろう。

早く起きなさい
着替えくらい自分で出しなさい
いただきますは?
箸の持ち方がおかしい
ひじを付かない
お茶碗を持って
クチャクチャ音を立てない
こぼしたら拭きなさい
はみがきは?
連絡帳もった?
オモチャを片付けなさい
テレビを見るときは離れて
名前は丁寧に書きなさい
プリントをくしゃくしゃにしないで
ゴミはゴミ箱に捨てて
トイレのドアを開けっ放しにしない
ちゃんと流した?
頭はシャンプーで洗った?
靴のかかとを踏まない
歩くときフラフラしない
よそ見しないで
飛び出しちゃダメ
電車では静かに
他人の足を踏まないで
ごめんなさいは?
指差しちゃだめ
傘をグルグル回さない
ありがとうは?
こんにちはは?
さようならは?
・・・

これだけ読むと、私ってなんて口うるさい母親だろうと思う。
でも、実際言わなきゃ忘れる。やらない。
1日に5回も言ったって、また同じことの繰り返しってこともある。

毎日毎日毎日。同じことばかり。
どんどん色々なことができるようになる成長期は過ぎたらしく、今は停滞期。
もう1年くらい?進歩がない。

お行儀悪い子供に周りの冷たい視線。
いや、ちゃんと毎日言い聞かせてますから。
時に優しく。たいていは厳しく。
それでもこんなんなんですよ。コイツのメモリいかれてるんじゃないですかね。

毎日毎日毎日。言ってるほうが参りそうだ。
投げ出したくなる。
でも、これがキチンとできない大人になったんじゃぁ困るようなことばかり。
放っておくわけにもいかない。

これは修行ですか。
毎日毎日毎日、呪文を唱え続ければ、いつかは悟りが開けるんでしょうかねぇ。