Archive for 2008年10月

h1

ガイドライン

10月 26, 2008

おしりフリフリ。

近所の工事現場では、毎日ショベル君たちが解体作業にいそしんでいます。
壊して。壊して。壊して。

削り取られていく建物の中から、年月がこぼれ出している気がします。
詰め込まれていた悲喜こもごもが、重いガスのように、すぐには拡散せずに漂っているような。

ゲームやらネットやら携帯やら、子供がいると頭を悩ませることが多い。

ウチは小さい頃、マンガ買ってもらえなかったですよ。
TVも、ニュースと巨人戦と映画しか観せてもらえなかったですよ。
ゲームも買ってもらえなかったですよ。

で、結果どうだったかというと、親の規制は間違いではなかったと思う。
大正解でもなかったけど。

・TVはそんなに中毒ってほどでもない。最近の番組はつまらないし。
・ゲームは…どうもドンくさくて下手糞だったんで、ゲーマーにはならなかった。
・アニメとマンガはすっかり中毒な大人になりました。妹も。
でも中毒って言っても、一般成人の意志力でコントロールできる範囲だから、それは別に問題ない。
それよりも当時、友達の家に遊びに行くたびにマンガを借りて読みふけっていたのは大問題だったと思う。
相手そっちのけでマンガ読んでんだから、向こうからしたらウザかったろうに。
何しに来てんだお前?ってな。失礼だったなー。

そんなことを色々と考えていたら、イマドキ全面禁止は芸がないという結論に。
禁止したせいで極端にハマることもあるし、そうでないこともある。
要は自制できるかどうかなんだけど、私が子供の頃に比べて、世界はあまりにも変わってしまった。
子供が自力でコントロール技術を身につけるのが、難しくなってしまった。
禁止するだけでは、必ず失敗する。

少し前、我が家の息子は例の「ウザい奴」になりかけていた。
友達の家に行ったら「ゲームやらせてー」、児童館ではプレイ中の子の横に張り付いてじーーーーっと覗き込んでる。
その状況から、ゲームに関しては適度にやらせた方がいいと思えたので、DSを買った。
土日のみ。基本的に友達と通信で遊び、独り遊びはナシ。

おかげで(?)前より頻繁に児童館へ遊びに行くようになったし、ゲーム師匠の上級生が仲良くしてくれて、私は楽だ。
DS漬けってわけでもなく、他の遊びもしているようなので、しばらくはこれで行こうと思う。

TVとアニメとネットに関しては、我が家は結構ハードルが低い。
これは私がやるからってのが一番の理由なんだけど(汗)。
後付の理由としては、「ネットは経験がないほうが危ないから」ってのがある。
エロとかグロとか犯罪とか、普通に転がってるけど、慣れてないほど踏みやすい。
子供のうちは、自然の成り行き的に親の監視下でコンテンツを選んで利用させ、ネット環境に慣れさせた方がいいと思う。

TVもアニメもネットと一体化しつつあるから同様だ。
巷には大量の作品が出回っているから、良作(←私基準)で洗脳しておいて、自分で選ぶようになっても自然とその系統に目が行くようになるといいなーなんて思ってる。
親の誘導が効く今のうちが大事なのかもしれない。

親に隠れてエロサイトは覗くけど、一線は越えない。しかも実は、親はお見通し。
↑これが理想。

ここまでは、なんとなく目指す方向が見えてきたのけれど、実は携帯が一番モンダイなのではないかと思っている。
親の監視下から離れやすいから。それに、交友関係が絡んでくるから対応が複雑。
携帯でのネット接続は、PCと同じルールを叩き込めば対処できるかもしれないが、メール依存はまた別問題だ。
「携帯がなければつながっていられない友達なんて友達じゃない」ってコトには、ぜひ自分で気づいて欲しいのだが。

今から頭がイタイ。

h1

通知表

10月 13, 2008

何が釣れるかな。

初めての通知表が来た。
二期制なんだって。
だからって、普通の日に持って帰ってこられても、雰囲気でないよね。

初めての通知表に、自分がどんな感想を持つか、ちょっと不安だった。
息子と自分を比べたら、どうしたって見劣りするに決まってる。
小学生の頃の私は、「超」の付く優等生で、先生受けがよくて、
すなわち通知表はたいてい一番左側に○が並んでいたから。
体育以外は。

でも、ガッカリしたくはなかった。
母親として何より喜ぶべきは、健やかに育ってくれていることだと思うから。
成績で一喜一憂する親にはなりたくない。

オギャーと産まれたあの子が、通知表を持って帰ってくるなんて。
それだけで感無量。

そんなわけで、ちょっとドキドキしながら開けた通知表は・・・ほぼ予想どおり。
先生、結構ちゃんと見てるんだなぁ。と、変な感心をしてしまった。

体育と算数は優秀。国語はイマイチ。
図工と音楽は、熱意はあるけど技能がついていってない。
行動力はあるけど、丁寧さに欠ける。
そして皆勤賞。

国語がイマイチなのは残念。ってやっぱり思ってしまったけど
それほどガッカリはしなかった。
それより、「この子らしさ」が形成されつつあることが面白かった。
単純明快。猪突猛進。お人よし。こーゆーキャラ、よくいるよね。

やっぱりウチの子はオイシイなー。
通知表を見てこの感想はマズイかしらね。

h1

できレース

10月 2, 2008

正面から見ていたらそうでもなかったのに
角度を変えた途端に凄く良く見えるってことも、ある。

出っ張り一つでこうも印象が違うとは。

学童にお迎えに行ったら、何かしでかしたらしい。
「各ご家庭にお任せしますので、子供さんから直接何があったか聞いてください」
なんて先生が言うから、どんな大変なことをやっちまったんだ?と思ったら。

人形(エルモのぬいぐるみ?)を縛り首にして、その紐を持ってグルグルぶん回してた子がいて、そのグルグル回る紐の上を皆でキャッキャッ跳んで遊んだ、と。

一瞬、なんだそんなことか~。先生ったら大げさだなー。と思った。
でもまぁ、ここは親として何かコメントしくては・・・と考えたら、コレは結構むずかしい。

ぬいぐるみなんだから、縛り首にしたって誰かが怪我をするわけじゃない。実害は、ない。
でも、これは大人としては「やめなさい!」と言うべき場面だってのも、解る。
じゃぁ何故、実害はないと解ってることに対してダメ出しするのか。

子供は本来残酷だ。
さすがに「カエルの肛門にストロー突っ込んで、風船みたいに膨らまして、さいごはパーンと破裂させる」なんてのはイマドキ聞かないけど。ていうか私の子供時代に既に伝説だったけど。
かくいう私も、虫の足を1本ずつ引っこ抜いて、破れたお腹から卵がポロポロ出てきたら「あ、メスだーv」とか。
↑ 今思い出すと酷いな。ごめんなさい。

「大きくなれば解るようになるよー」ってのは嘘だと思う。
ただの人形だとか、虫けらとかに酷いことをしてる時点で誰かが「やめなさい!」って言うから、それが酷いことで、やってはいけないことなんだって学習する。
だから普通は、その残酷さが小動物や人間に向けられることなく大人になる。

でも、そうやって非難されることがなかったら?
学習の機会を与えられなかったら?

子供は残酷だ。
  動物ちっくな残酷さ+子供の浅知恵=時として大人の想像を上回る
大人は、子供の残酷さを無視してはいけない。
人間社会で生きていくためにそれは封印するべきものなのだと、導いてあげなくてはいけない。

たいていの大人は、自分が子供の頃はどれだけ残酷だったかなんて忘れてしまっているし、
時間をかけて矯正されてきた自覚もない。
そうすると「大きくなれば解るようになるよー」となりがち。
違う。解るように仕向けられたんだ。大人たちに。

だから今回のことも、ずっと繰り返されている出来レースの一環なんだ。
そこで、大人にとっては解りきったことなんだけど、さも大発見の一大事みたいに諭してみる。
「お人形に酷いことができる心は、そのうちホンモノの人間にも酷いことができる心になっちゃうよ?」と。

成人した人間としての常識をいったん捨てて、社会の入り口にたったばかりの子供の位置まで戻って考えるのは、新鮮で、難しくて、ちょっと気持ち悪い。
私を育てているとき、母もこんな奇妙な経験をしたのだろうか。

それにしても、こうやって話し合う機会を与えてくれて、学童の先生に感謝。