木が邪魔です。
木を植えた人は、こんな壁の写真を撮る前提がなかったんだろうな。当然。
どんなゲームだろう、これ。
木の向こう側に、クリアに重要なポイントが隠れているに違いない。

マスコミ伝いではあるけど、重大事件の犯人のコメントを聞くと、「何でも人のせい」な輩が多い。
「人のせい」は楽チンだ。
でも、人のせいにしながら生きている人は可哀想だ。
楽チンと引き換えに、生きる実感を捨てている。
「人のせい」の第一歩は、劣勢を誤魔化す所から始まるのだろうか。
自分の失敗を誰かのせいにして、責任から逃れる。
それに味を占めてしまうと、次は最初から「失敗したら人のせいに出来るように」物事を進めるようになる。
いつでも必ず逃げ道を用意して。
それに慣れてしまうと、人のせいにしながら生きることが自然になる。
自分の人生なのに、他人を軸にして生きるようになる。
嫌なことは全部誰かのせい。
それは同時に、素敵なことも、自分の力では起こせない毎日。
成し遂げた充実感も
手に入れた達成感も
得られない。
そんなツマラナイ人生だから、他人に危害を加えようなんて発想が出てくる。
そこに「自分」はいない。
面倒でも
しんどくても
手柄は自分の手でつかみたい。
自分で選んだ道の責任は、自分で引き受ける。
そうして初めて、生きるのは楽しいのだと思う。




